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                               4、ケンちゃんの一本杉


                    



大きな一本杉が田んぼの中に立っている。
視界をさえぎるものがないので、かなり遠くからでもその姿を見ることができる。
私の地元ではこの一本杉を昔から「明神さん」と呼んで親しんできた。

 
 はるか時代をさかのぼれば、かつて延喜式神名帳にも名を連ねたという格式高い神社があった場所らしいが
今では夏になると潅木や背の高い雑草が生い茂るだけの淋しい場所になってしまった。

正式には「大海田水代大刀自神社」という、いかにもご利益のありそうな長〜い名前だそうで
祭神は豊鍬入姫命といい、一説には初代斎王といわれる女性である。


なんでも明治元年ころにはすでに社殿はなかったというから、悪名高き神社合祀令で廃絶したわけでもないらしい。
現在、そのご神体は近くにある別の神社に合祀されているそうだ。

 一本杉は私の実家とも近く、子どもの頃にはよく遊んだ場所である。夏にはセミをとったり、冬には友達と
「基地」を作ったり、ビー玉などの宝物を隠して遊んだこともあるなつかしい思い出の場所だ。

しかし最近訪れてみると、私の子供時代と比べてもその変貌ぶりに驚かされる。
20年ほど前には圃条整備などもあり、記憶の中の場所と比べるとその面積も小さくなり、何より一本杉自体が
ずいぶん貧弱になったように感じられて淋しい。


 これは誰しも経験する話で、子供の時の記憶とはそういうものだよと笑われそうであるが、
その要素を差し引いたとしても確かに一本杉はやせ細ってしまったように見える。


いったい樹齢はどれくらいになるのか?幹の周りは4mを超える太さであり、諸々の歴史的背景を考慮しても
おそらく少なくとも
500歳を下回ることはないだろう。やはり老齢ということだろうか?

 そう思って改めて眺めてみると、樹冠のあたりや、その56メートル下から枝分かれしている部分は以前から
枯れ枝となって久しいようである。おそらく昨今の酸性雨の影響なども加わり、その枝ぶりには私が子供の時に
感じたおそろしいほどの生命力はもうすでにない。

 

 去年の夏、ある暑い日に自治会の草刈りに参加したところ、わり当てられた場所がその一本杉だった。
そこでダンボール箱に入れて捨てられた一匹の生後まもない子猫を拾った。その時には鳴き声も弱々しい
200gほどの
小さな毛玉であったが、まわりの心配をよそにすくすく成長を続け、そしてさらに成長を続け・・・
おいおいケンちゃん
!!