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                            1、 バイオ テーブル
  


 無垢材のことを評して「なにしろ木は生きていますから」という言葉をよく耳にする。

もちろん木の付加価値を高めるために使われる場合が多いが、製品に不具合が生じたときの言い訳のために使われることもある。
なかなか便利な言葉のようだ。
そう表現したい気持ちはよく分かるのだが、私はこの言い方があまり好きではないので使ったことはない。
チェーンソーによって大地から切り離された瞬間、木は死んでいるよ、と内心いつも子供っぽく反発したくなる。

 そこで森の命を宿す変わったテーブルの話。
私の自宅で使っているテーブルは紀伊半島でとれたブナで作った。
長さ2m10cm、巾95cm(ブック・マッチ)のたっぷりした大きさで、ある方の注文で加工したところ
あまりにも虫穴が多すぎるので急遽自宅用に変更したものだ。

 面白いことにこの材は自然乾燥なので、虫の卵が中でしぶとく生き残っていて、制作してから8年もたつというのに
夏が近づくと必ず一、二匹の小さなカミキリムシがその天板から顔を出す。
私はひそかに「Bio Table」と呼んで、ひとり悦に入っている。
テーブルの表面に迷路のように走った虫食いの跡もちょっと見かたを変えればなかなか味のあるものだ。

 しかし、もし高い代金を支払って買ったテーブルから、ある日ひょっこり虫が顔を出したら人はどんな反応をするのだろうか。
おそらく、たいていの人はすぐにクレームの電話を入れるような気がする。
テーブルから顔を出した虫をしみじみ眺めておもしろがってくれるような人は、きっとそんなに多くはないだろう。
という訳でこのテーブルは今のところ、我が家だけで楽しむ「変な趣味」なのである。

 
このテーブルで酒でも飲みながら、この木が育った紀伊半島の森のことなど思いを巡らせているのはいいものだ。
酔って天板に耳を当てるとカリカリと、中に息づく小さな生命の音が聴こえるような気がする。
しかし夏の夜、大切な本などはテーブルの上に置いておけない。
実際に経験した話だが、運が悪いとテーブルから顔を出したカミキリムシが本を貫通して、見事に穴を開けてしまう。

なにしろ木は生きていますから・・・・